May 2012
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なにかを生みだすためには、言葉がいる。 岸辺はふと、はるか昔に地球上を覆っていたという、生命が誕生するまえの海を想像した。 混沌とし、ただ蠢くばかりだった濃厚な液体を。 ひとのなかにも、同じように海がある。 そこに言葉という落雷があってはじめて、すべては生まれてくる。愛も、心も。 言葉によって象られ、くらい海から浮かびあがってくる。 — via「舟を編む」三浦しをん
誰かの情熱に、情熱で応えること。 西岡がこれまでに気恥ずかしくて避けてきたことは、 「そうしよう」と決めてしまえば、案外気楽で胸躍る思いをもたらした。 — via「舟を編む」三浦しをん
どれだけ言葉を集めても、解釈して意義づけをしても、辞書に本当の意味での完成はない。 一冊の辞書にまとめることができたと思った瞬間に、 再び言葉は捕獲できない蠢きとなって、すり抜け、形を変えていってしまう。 辞書づくりに携わったものたちの労力と情熱を軽やかに笑い飛ばし、 もう一度ちゃんとつかまえてごらんと挑発するかのように。 — via「舟を編む」三浦しをん
「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」魂の根幹を吐露する思いで、荒木は告げた。 「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かび上がる小さな光を集める。 もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。 もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」 「海を渡るにふさわしい舟を編む」松本先生が静かに言った。 — via「舟を編む」三浦しをん
失敗は誰でもあるんや。 なんぼ失敗しても、すねたらあかん。 わかったやろ。 すねたらあかんのやで。 — via「泣き虫ハァちゃん」河合隼雄
ケンカぐらいしてもええけど、嘘は絶対にあかんで。 — via「泣き虫ハァちゃん」河合隼雄
ほんまに悲しいときは、男の子も、泣いてもええんよ。 — via「泣き虫ハァちゃん」河合隼雄
「ほら、三島。君のせいで、未来ある若者がこんなにしょんぼりしてしまったではないか」 三島はとても嫌そうに眉間に皺を作る。 それから溜め息をつくと、 「間違いは、あなたがそれを正すのを拒むまで間違いとならない」と鋭い声を発した。 — via「PK」伊坂幸太郎
独創的な発想を、なんて命令しておいて、 いざとなったら無難に日和ってブレーキをかける。 一番大事な決定は一課のレベルには預けない。 — via「県庁おもてなし課」有川浩
まあ、自治体というもんは効率よりも公に言い訳が立つことを優先せなあいかん組織よ。 — via「県庁おもてなし課」有川浩
民間企業でもプロジェクトに対するバカバカしい横やりは発生する。 吉門自身も作家になる前、勤めていた商社で体験した。 利益を生み出す企画だと分かっていても、 それを手柄にできるのが自分でないならいっそ潰れてしまえという理屈は存在する。 概ね管理職の層で起こる軋轢だ。 だが、企業なら横やりを仕掛けられる課もそれを甘受することはない。 右の頬を張られたら左の足を素知らぬ顔で踏み返す。 グレーゾーンで反則スレスレの駆け引きを展開しても、話が通ればそれで勝ちだ。 勝てば官軍、利益を出せば勝ち方に文句をつける奴はいない。 — via「県庁おもてなし課」有川浩
蛇口全開で何時間も水出しっぱなしにする並の無駄遣いした後に、 一滴二滴を慌てて惜しむような真似してもさあ。 蛇口全開ですよって指摘したの俺なんだし、最後まで話聞いとけば? あのさ、あんたがいるその建物の中じゃどうか知らないけどさ、 その外じゃ時間って一番高い商品なんだよね。 — via「県庁おもてなし課」有川浩
April 2012
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朝と晩に、ぽつりぽつりとくるメールになんとなく春を感じています。 内容がとくにある訳じゃないけど、 お互いが許されたいと思っているような気配を感じてすこし救われた気持ちでいます。 笑って「ごめんね〜」が言えたら良いと思っています。 大人になるのも悪くない。 — via forgive me. by KEIKO YOSHIDA
March 2012
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どこかで雨が降る。そこに人がいる。傘をさすのか。濡れて歩くのか。 それとも立ち止まり、首を縮めながら、雨がやむのをじっと待つのか。 何が正しいかなんて誰にも判断することはできない。 しかし行動の結果は思わぬかたちとなって牙を剥き、 人の運命を一瞬でコントロールしようとする。 ときには人生の足場を跡形もなく消し去ってしまう。 それでも最初の選択は当事者の胸に押しつけられる。 人は、手にした傘と空とを見比べて立ち往生するしかないのだろうか。 — via「龍神の雨」道尾秀介
思えば、胸に苦しみを抱えた人が墓へ足を向けるのは、 死人に耳がないことを承知しているからこそなのかもしれない。 土の下の大切な相手に、自分の声が届いてしまうのであれば、蓮もここへは来なかった。 もし、母がいま耳を持っていて、蓮と楓の現状を聞き知ったとしたら、 きっと迷子のように声を上げて泣くだろう。 往路も出口も塞がれた暗い露地で、いつまでも泣くだろう。 — via「龍神の雨」道尾秀介
当たり障りのない答えを返すと、そう、と岸本は目を細めた。 頬の上に、優しく小皺がわいた。 それはきっと、 これまでたくさんの嘆きや哀しみを目にし、 それらが持っている差異や共通点を、 厭というほど見てきた人だけが浮かべることのできる微笑みだった。 その微笑みが無性に温かく、そして遠く感じられ、 蓮は墓石の並んでいるほうへと視線を移した。 — via「龍神の雨」道尾秀介
どこまで行けば、自分は最悪にたどり着けるのだろう。 — via「龍神の雨」道尾秀介
東京にいる知人が、 「佐川急便が営業所までなら運んでくれるようになった」と連絡してくれた時だ。 彼は、「そこにカップラーメンやら何やら、どんどん送ります。 知り合いがそれを全部取りに行って、自動車でみんなに配ります」とメールで送ってきた。 そして、「お願いしたいことは二つあります。 一つは、被災地以外の知り合いで、物資を送ってくれる人がいたら、 呼びかけてくれませんか?」とあり、「もう一つは」と続いていた。 「もう一つは、もし、カップラーメンが大量に余ったら、一緒に食べて下さい」と。 それが可笑しかったのか、それとも頼もしかったのか分からないが、 その頃、原発事故のニュースに見入って、怯えてばかりだった僕は、 少し気持ちが楽になり、やはり泣いた。 役に立たない人間ほど、よく泣く。 そういう諺があってもいいようにも感じる。 — via「仙台ぐらし」伊坂幸太郎
ふとナンバープレートを見ると、「新潟」と書かれていることに気づいた。 「あ、新潟から来たんだ」と誰かがぼそっと言うと、別の誰かが、 「夜、出てくれたんだね」とささやく。言われて、はっとした。 確かに、その時間に仙台に到着しているということは、 夜のうちに新潟を出発してくれたのかもしれない。 準備やら移動を考えると、地震のことを知って、 さほど時間が経たぬうちに、こちらを助けるために出てきてくれたのだろう。 あちらこちらでそういった人が、働きはじめているに違いなかった。 感動というべきなのか、感謝というべきなのか。 もしかすると震災後、最初に泣いたのはその時かもしれない。 — via「仙台ぐらし」伊坂幸太郎
「ライターをやっているんですよ」と僕は答えた。 最近は仕事を聞かれると、いつもそう言うことにしていた。 小説家という言葉の持つ雰囲気は、 僕の現状よりも偉そうな気がするし、 以前、知人に、「本を作るのにいくらかかるの? ああいうのって、家にたくさん余ってるんでしょ。 一冊もらってあげるよ」と言われて以来、 「小説を書いている」とはなかなか口に出しにくくなっていた。 — via「仙台ぐらし」伊坂幸太郎
三月、あの地震があって以降、僕はしばらく、小説が読めなかった。 部屋にひっくり返った本を片付けることはおろか、 手で触れるエネルギーもなく、音楽も聴けなかった。 娯楽とは、不安な生活の中ではまったく意味をなさないのだな、とつくづく分かった。 だから、これからいったいどういう小説を書くべきか、という悩み以前に、 もう、小説を書くこともできないのだろうな、とそういう気持ちにもなった。 — via「仙台ぐらし」伊坂幸太郎
February 2012
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古い建物や街並の残るまちは、それがないまちにとってはうらやましいことに違いないが、 あればあったで身動きのとりづらい要素となる。 過去の栄光が重たい”くびき”となってのしかかってしまう。 残すに残せない、壊すに壊せないーー。 このまちに漂う独特のひなびた情景には、そうしたどっちつかずの煮え切らなさもある。 いつか滅びゆく美、散りぎわの桜、とでもいおうか。 — via「北の無人駅から」渡辺一史
一般に、富良野や美瑛の丘陵地帯に広がる風景は、「農村景観」と呼ばれている。 農村景観とは、もちろん釧路湿原や摩周湖などの「自然景観」とは違う、 農業という人為的な行為が生み出した二次的な景観であり、 いってみれば、農村の「暮らし」そのものである。 そうした農村景観を、 私たちが「鑑賞すべき風景」であると認識したのは、ごく最近のことなのだ。 農村景観を美しいと思う「感じ方」を知ってしまった今の私たちには奇妙に思えるが、 どうやら「風景」とはそうしたものであるらしい。 風景とは、誰かが「発見」し、多くの人が「認知」するまで、 それが「価値ある風景」だとは誰も気づかないものなのだ。 — via「北の無人駅から」渡辺一史
大切なのは、1%を基準にして99%を否定するのではなく、 1%の「すごさ」の内実を、冷静に理論的に突き詰め、 誰もが応用可能な技術にまで一般化し、 そうでない99%のレベルアップをつなげることだろう。 — via「北の無人駅から」渡辺一史
変えるってことは、ものすごく勇気がいるんです。 だから、みんな様子を見てる。誰が一番先にやるかなと。 あいつもやった、こいつもやった、 あいつもこいつもやったから、 オレもそろそろやってみようってことで、 ようやく広がっていくんですね。 — via「北の無人駅から」渡辺一史
他の国や知地域から移入して復帰させることを 保全生態学の用語で「再導入」という。 — via「北の無人駅から」渡辺一史
オオカミは、自分たちが無制限に増えると、獲物を食い尽くして自滅してしまうため、 オオカミどおしで殺し合いをして自らの数をコントロールするというのだ。 オオカミは一般的に血縁関係を中心に群れをつくるが、 テリトリー内で見知らぬオオカミや群れに出会うと、 相手を殺すまで闘うのがオオカミ社会のルールとなっている。 そのため、一定以上増えすぎたり減りすぎたりせず、 獲物のシカも適正数にコントロールされるという。 — via「北の無人駅から」渡辺一史
絶対に言うとおりにさせるぞっていう気迫が大事なの。完全になめられている。 声が『行くよ』だから。『行くぞ』じゃないと。 — via「北の無人駅から」渡辺一史
普通、自然というのは、ただ見ていればおもしろがれる、というものではない。 たとえ子ヅルが鳴きからしていたとしても、 「ギャアギャアうるさいな」としか感じられない人もいるだろうし、 たとえば、目の前にタンチョウが5羽いたとしても、 それを「タンチョウが5羽いた」としか書けない人と、 「3羽の親子づれたと、1組のつがいがいた」と書ける人とでは、 物事の見方、捉え方に雲泥の差があるのだと思う。 — via「北の無人駅から」渡辺一史
January 2012
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けれども私は、その時は、たじろがなかった。 人間のプライドの究極の立脚点は、 あれにも、これにも死ぬほど苦しんだことがあります、と言い切れる自覚ではないか。 私は丙種合格で、しかも貧乏だが、いまは遠慮することはない。 これからT君と妹との結婚の事で、万一むずかしい場合が惹起したところで、 私は世間ていなどに構わぬ無法者だ、必ず二人の最後の力になってやれると思った。 — via「東京八景」太宰治
私は、いまは一箇の原稿生活者である。 旅に出ても宿帳には、こだわらず、文筆業と書いている。 苦しさはあっても、めったに言わない。 以前にまさる苦しさはあっても私は微笑を装っている。 ばかどもは、私を俗化したと言っている。 毎日、武蔵野の夕日は、大きい。ぶるぶる煮えたぎって落ちている。 私は、夕日の見える三畳間にあぐらをかいて、わびしい食事をしながら妻に言った。 「僕は、こんな男だから出世もできないし、お金持ちにもならない。 けれども、この家一つはなんとかして守っていくつもりだ」 その時に、ふと、東京八景を思いついたのである。 過去が、走馬燈のように胸の中で回った。 — via「東京八景」太宰治
人の転機の説明は、どうもなんだか空々しい。 その説明が、ぎりぎりに正確を期したものであっても、 それでも必ずどこかにうその間隙がにおっているものだ。 人は、いつも、こう考えたり、 そう思ったりして、行路を選んでいるものではないからでもあろう。 多くの場合、人は、いつのまにか、ちがう野原を歩いている。 — via「東京八景」太宰治
父は嘘をついていた。 僕は二十歳になって、事実を知った。 だが、ほんとうにたいせつな真実というものは、 父と過ごしてきた日々にあったのかもしれない。 — via「とんび」重松清
二人きりの家族が仲違いをしてしまうと、 そこには「ひとりぼっち」が二人しか残らない。 — via「とんび」重松清
アキラが悲しいときにおまえまで一緒に悲しんどったらいけん。 アキラが泣いとったら、おまえは笑え。泣きたいときでも笑え。 二人きりしかおらん家族が、二人で一緒に泣いたら、どげんするんな。 慰めたり励ましたりしてくれる者はだーれもおらんのじゃ。 — via「とんび」重松清
「おまえは海になれ」和尚はいった。 雪は悲しみじゃ。 悲しいことが、こげんして次から次に降っとるんじゃ。そげん想像してみい。 地面にはどんどん悲しいことが積もっていく。色も真っ白に変わる。 雪が溶けたあとには、地面はぐじゃぐしゃになってしまう。 おまえは地面になったらいけん。海じゃ。 なんぼ雪が降っても、それを黙って、 知らん顔して呑み込んでいく海にならんといけん。 — via「とんび」重松清
そのかわり、毎晩、おねしょをする。 「叱ったらいけんよ、アッくんのことを」と 『夕なぎ』のたえ子さんには言われているし、 ヤスさんにもそんなつもりはない。 子どものおねしょは涙と同じだ、と思う。 — via「とんび」重松清
あたしは無口で、 自分のほんとうの気持ちは 演目にのせて語ることしかできなかったし、 真田のほうは物語を必要としてない人、 つまりはまともな人間だった。 — via「ファミリーポートレイト」桜庭一樹
December 2011
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毎日ねむい 夜更かししているわけでもないのに 休みの日は12時間以上寝てるのに 寝ているだけでお金が稼げたらいいのに 人間が二人一組で生きていくということになって 1人が24時間はたらき続ける、 もう1人は24時間寝てパワーを相手に送り続ける みたいな世界になったらな それか電気がなくなって 太陽が沈んだらもう仕事出来ません 寝る時間ですよみたいな世界 シエスタのある世界 起きなくてもいい朝 ー via saboyの日記
さっき軽くうたた寝してて、 給料日に振り込まれた給料全額洗濯機に入れて回してブログに書くって夢見た。 起きたら汗だくで、電気敷毛布のレベルはダニだった。 — via Twitter by takawo
November 2011
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スーパーの仕事というのはみんなの人生の食生活を ちょっとサポートする仕事で わたしだって人生の主人公なのに 国民の祝日も休めないし なんでみんなのためにさあ 人生がテレビ番組だとしたら 仕事はCMみたいなもので CMが多すぎんだよばか!って思ったけど いいお客さんがいると働いてて良かったなあとおもう 人との交流ってやっぱりいいな! それで誰かさんが 美しさというものを、 日本人は二次元で、 フランス人は三次元で捉えるって言ってて 三次元で美しくなろうと心に誓った秋の空! — via saboyの日記
October 2011
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夢のような少女でしたと 貴方はたしかに書かなかったか 夢にしては汚すぎたと 貴方はたしかに想わなかったか — via「人生」北杜夫
見えるものと見えないもの、 今あるけれどいずれはなくなってしまうもの、 そういったことがいつも気になるんですよね。 それは私たちの生そのものに対する驚きと問いみたいなもの。 光というもの一つにしても、 その都度その都度では分かるんだけれども、 正体が何であるかまだ分からない。命もそうですよね。 でも確実に私たちはそれを毎日体験していて。 私にとって、 人生を思ったり考えたりするときの、 本質的なものだと感じるから、気になるんだと思います。 — via 読売新聞(2011.10.19 朝刊)文化「popstyle」by 川上未映子
September 2011
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引越しに向けて狂ったように個人情報をばら撒いて、 寂しさを紛らわすかのようにネットのサービスに登録する。 信用されていないから、個人情報を求められ…まるで人質みたい。 個人情報を責任持って保護されているのは人質の確保のためだ。 この一ヶ月で沢山の僕が人質にされた。リスクが高くなった分、生活が豊かになった。 ★ 感情に蓋をするのは臭いからだと思っていたけど、 感情を隠すつもりがないからなんだと思った。 脳裏には蓋も溶接もできないから、うっかり興味本位で蓋を開けた人を巻き込む為だ。 服を着ているのは、裸を隠す為ではなく、心を開いた人に見せる為。 言わば切り札。という極論もあるけど、これは保留。 ★ 22年生きた自分より、 5年かけて作った美術品の方がよっぽど優れていて落ち込んでいましたが、 5年かけて作品を作った人が40年かけて作った人間だと言う事で、敵わないのは仕方ない。...
Aさんの家にはりんごがひとつありました。 Bさんの家にはりんごがふたつありました。 両方合わせていくつでしょう。 はい三つですってわけにはいかないんだ。 オレがわからないのは、そういうことなんだよ。そうだろ? おとうさんをりんごみたいにふたつに割ってしまうこともできないし、 うちにはおとうさんがいないから、おじいさんがひとりだから、 だからおじいさんがうちのおとうさんになるってわけにもいかない。 りんごじゃないんだから。 でも、どこかにみんながもっとうまくいく仕組みがあったっていいはずで、 オレはそういう仕組みを見つけたいんだ。 地球には大気があって、鳥には翼があって、風が吹いて、鳥が空を飛んで、 そういうでかい仕組みを人間は見つけてきたんだろ。だから飛行機は飛ぶんだろ。 音より速く飛べる飛行機があるのに、どうしてうちにはおとうさんがいないんだよ。...
そんなにたくさんの 思い出が、このふたりの中にしまってあるなんて驚きだった。もしかすると、歳をとるのは楽しいことなのかもしれない。歳をとればとるほど、思い出は増えるのだから。そしていつかその持ち主があとかたもなく消えてしまっても、思い出は空気の中を漂い、雨に溶け、土に染み込んで、生き続けるとしたら・・・いろんなところを漂いながら、また別のだれかの心に、ちょびっとしのびこんでみるかもしれない。時々、初めての場所なのに、なぜか来たことがあると感じたりするのは、遠い昔のだれかの思い出のいたずらなのだ。そう考えて、ぼくはなんだかうれしくなった。— via「夏の庭」湯本香樹実
ぼくは河辺の気持ちがよくわかった。 ぼくも、『もしおじいさんだったら』ということをあいかわらずよく考える。 すると自分ひとりでくよくよ考えているよりずっと、すっきり答えが出てくるのだ。 それは、『思い出の中にいきている』なんていうのとは、ちょっと違う。 もっとたしかな、手応えのある感じだ。 — via「夏の庭」湯本香樹実
三束さん、わたしは三束さんを、愛しています。 三束さんのことを、愛しています。 部屋のなかで、会えないとき、夢から覚めたときに、どうしようもなく胸からこぼれ、 ただすぐに消えてゆくしかなかった言葉よりももっとつよいかたまりを、 わたしは三束さんにむけて放っていた。 三束さんを愛しています。 そう言ってしまうと下瞼と目のすきまが膨らむようにみるみるうちに涙があふれ、 頬を流れて顎にたまり、それからたくさんの粒になって夜のなかへ落ちていった。 瞬きもせず、何かから逃れるように、わたしから逃れるように、 涙は夜を目指す生きもののようにわたしの頬を這い、あとからあとから流れていった。 わたしは顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら、 最後に泣いたのはもう思いだすこともできないほど遠い記憶のなかのことで、 あのときも、あのときも、わたしはきっとこんなふうに泣いてしまいたかったのだと思うと...
トートバッグから原稿の入った封筒を取りだして聖に渡した。 今回の原稿は単行本にして六百ページも分量があるもので、 片手でもつと手首がぐらりとするくらいの重さがあった。 聖は両手でそれをもって、 その厚みと重さを確かめるみたいにして首を軽くふり、わたしをみて笑った。 「信じられる? 人が人に向かって、こんなにも言いたいことがあるなんて」 — via「すべて真夜中の恋人たち」川上未映子
十二月の空気は均質にぴんとはりつめ、地上では風なんてまったく吹いていないのに、 みあげるとはるか上空では猛スピードで雲が流されているのがみえた。 わたしはしばらく立ち止まって、夜空を見上げていた。 何層にもかさなりあった 白とも灰色ともつかなくなった夜空の 雲の濃淡は生き物の影のようで、 おおきなものが音もなく動いているのをみつめていると、 胸がどきどきと音をたてた。 真っ白に輝く月が顔をだした。 静かな、誕生日の夜だった。 わたしはジャンパーのポケットに両手を入れて歩きはじめ、 人影のないひっそりとした住宅街の道をゆくだけで、なぜなのか、 自分が少しだけいいものになったようなそんな気がした。 — via「すべて真夜中の恋人たち」川上未映子